2026年01月06日
●和訳1
It is easy enough to show that the sense of superiority of one society over another is absurd. ... We do not think less of Shakespeare because the society in which he lived, and which produced him, was technologically inferior to our own.
Norman Daniel. The Cultural Barrier: Problems in the Exchange of Ideas. Edinburgh: Edinburgh University Press, 1975.
https://archive.org/details/culturalbarrierp0000dani/page/101/mode/1up?q=Shakespeare
「ある社会が別の社会に対して優越感を抱くことがいかに不条理であるかを示すのは、極めて容易い。(中略) 我々はシェイクスピアが活動し、彼を生み出した社会が現代よりも技術的に劣っていたからといって、シェイクスピアを低く評価することはない。」
★感想
ノーマン・ダニエル(Norman Daniel, 1919–1992)は、中世におけるキリスト教世界とイスラム世界の相互理解(および誤解)の歴史を専門としたイギリスの歴史家。英国文化振興会に勤務し、中東や北アフリカでの滞在経験が豊富であった。その研究の核心は、「いかにしてステレオタイプや偏見が形成され、それが何世紀にもわたって異文化間の対話を阻害し続けるか」という点にある。代表作に『Islam and the West: The Making of an Image』(1960年)があり、西洋がイスラム教に対していかに歪んだイメージを構築してきたかを鋭く分析した。
この『The Cultural Barrier: Problems in the Exchange of Ideas(文化的障壁:思想交流における諸問題)』(1975年)は、冷戦下で脱植民地主義の議論が盛んになり始めた時期に書かれた。ダニエルは、異なる文化が接触する際に生じる「コミュニケーションの断絶」について、思想の交流を妨げるのは単なる言葉の壁ではなく、深層にある「文化的な枠組み」や「優越感」であるとして、「技術的な進歩(文明)」と「精神的な豊かさ(文化)」を混同してはならないと主張した。ダニエルはシェイクスピアを例に引き、「技術の進歩は、文学や哲学の質を保証するものではない」と断じ、技術的な格差を理由に他文化を軽視する姿勢を「不条理」であると批判した。
(1984年北海道大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
In time, I came to learn that this was not in the least unusual. It is common to hear even supposedly intelligent people make statements, often within a short space of time, that flatly contradict each other.
John Holt. The Underachieving School. New York: Pitman Publishing Corporation, 1969.
https://archive.org/details/TheUnderachievingSchool-English/page/n37/mode/1up
「やがて私は、こうしたことは決して珍しいことではないと知るようになった。知的だと思われている人々でさえ、しばしば短時間の間に、真っ向から矛盾する発言をするのを耳にするのは、よくあることなのだ。」
★(感想)
ジョン・ホルト(John Holt, 1923–1985)は現代のホームスクーリング運動の父として知られるアメリカ人の著名な教育者。「学校」という制度そのものが、子供の好奇心や学習能力を阻害していると考えるようになり、有名なHow Children Fail (1964)を出版して、教育の世界に影響を与えた。1979年度東北大学、1980年東京大学でも出題されている。この『The Underachieving School(成績不振・期待以下の成果)』(1969年)でホルトは、興味のないことを強制的に学ばせることの弊害やテストが子供を服従させ、序列化するための道具であることを難じて、「子供に学習の主導権を返す」ことを主張した。
(1984年東北大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
If history is regarded as just the record of the past, it is hard to see any grounds for claiming that it should play any large role in the curriculum of elementary education. The past is the past, and the dead may be safely left to bury their dead. There are too many urgent demands in the present, too many calls over the threshold of the future, to permit the child to become deeply absorbed in what is forever gone by.
John Dewey and Jo Ann Boydston, The Middle Works, 1899-1924, Volume 1: 1899-1901, Southern Illinois University Press, 1976
「歴史が単に過去の記録でしかないなら、それが初等教育で大きな役割を果たすべきだという根拠は見い出しにくい。過去は過去であり、死者のことは死者に任せておけばよい。現在には解決すべき問題が山積し、未来からも問題を解決するためのあまりに多くの呼び声がかかっている。子供を永遠に過ぎ去った過去の中に深くのめり込ませておく余裕は、どこにもない 。」
★(感想)
ジョン・デューイ(John Dewey, 1859-1952)は、公共・倫理、倫理・政治経済、倫理・社会の教科書には必ず載っているアメリカプラグマティズム(実用主義)を代表する思想家。プラグマティズムの思想家の中でも、道具主義と経験主義教育(Learning by doing)がその思想の特徴である。デューイにとって教育とは民主主義社会を支える市民を育成するためのプロセスであった。この『The Middle Works, 1899-1924』は南イリノイ大学出版局が刊行した、デューイの全著作集のうち、中期の仕事をまとめたもので、デューイの主著Democracy and Education(1916)もこの時期に著述された。上記の一節は、The School and Society(1899)のもので、デューイは歴史教育のあり方を「子供が複雑な現代社会を理解するための手がかりを得るきっかけ」にするべきだと考えており、現代の「探究学習」や「アクティブ・ラーニング」の源流にもなっている。
(1984年東京大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
Leisured people wrote long and detailed letters to each other in a way that has gone out of fashion now. But these were rather expensive luxuries, beyond the reach of the poor except in emergencies, even if they could write, which was not always the case.
Marjorie Quennell and Charles Henry Bourne Quennell, A History of Everyday Things in England: 1851-1914, Batsford, 1965.
https://archive.org/details/historyofeveryda00marj/page/28/mode/2up?q=Leisured
「かつて、閑暇な人々は、現在では廃れてしまったような長く詳細な手紙を互いに送り合っていた。しかし、たとえ読み書きができたとしても(実際はそうでないことも多かったが)、こうした手紙は貧しい人々にとっては緊急時以外には、手の届かない高価な贅沢品だった。」
★(感想)
クウェネル夫妻(Marjorie & C.H.B. Quennell)[マージョリー・クウェネル(1884–1972)とチャールズ・ヘンリー・ボーン・クウェネル(1872–1935)]は、イギリスの歴史家・作家・イラストレーターの夫妻。「国王の交代」や「戦争」など政治的な出来事が中心であった20世紀初頭の歴史書を、「普通の人々」の日常の細部に焦点を当てた書物に仕上げ、大きな反響をよんだ。夫のチャールズは建築家で、妻のマージョリーは優れた画家であったため、緻密なイラストを多用し、当時の道具や家屋の構造を視覚的に解説するスタイルを確立した。彼らの著作は、現代の「社会史」や「民俗学」の先駆けとなり、イギリスの学校教育や博物館の展示スタイルにも大きな影響を与えた。
『A History of Everyday Things in England: 1851-1914』では、1851年(ロンドン万国博覧会の年)からから1914年(第一次世界大戦開戦)までのイギリスを扱っている。蒸気機関の普及、衛生観念の変化、そして「郵便制度」など、「技術革新がいかにして庶民の生活を変えたか」が庶民の視点から記述されている。
また、この文章に出てくるローランド・ヒル(1795–1879)は、現代の郵便システムの基礎を作ったイギリスの教育者・発明家であり、「ペニー郵便」(1840年)[1.国内一律料金制(Uniform Penny Post)、2.前払い制と切手「ペニー・ブラック」の発明]という画期的な改革を行った。この改革により、文字を読み書きする習慣が全階層に広まり、出稼ぎに出た子供と田舎の親が連絡を取り合えるようになるなど、コミュニケーションの民主化が起こった。
(1984年名古屋大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
「」
★(感想)
(1984年京都大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳2
「」
★(感想)
(1984年京都大学 学部入試 英語・第2問)
●英作1
""
★(感想)
(1984年京都大学 学部入試 英語・第3問)
●英作2
""
★(感想)
(1984年京都大学 学部入試 英語・第3問)
●和訳1
Intelligence springs from experience―in many cases ancient experience inherited; in others, by direct contact with life. It is possible that inherited ancient experience can be wiped out, insuring thereby a return of barbarism. Current, immediate life experience might possibly by degrees replace the loss of ancient inherited experience―maybe.
Theodore Dreiser, Marguerite Tjader, and John J. McAleer, Notes on Life (University of Alabama Press, 1974),
https://archive.org/details/notesonlife0000drei/page/223/mode/1up?q=Current
「知恵は経験から生まれる。多くの場合、それは大昔から受け継がれてきた経験であり、またある場合には、自分自身の今の生活から直接得た経験である。代々伝わってきた昔の経験がもし消えてしまったら、人間はまた野蛮な状態に戻ってしまう可能性がある。今この瞬間の生活で得られる経験が、失われた古い経験の代わりを少しずつ務めていくことも、おそらくできるだろう――もしかしたら。」
★感想
セオドア・ドライサー Theodore Dreiser (1871-1945)はアメリカ自然主義(Naturalism)の先駆者である作家。社会の非情なメカニズムと、それに翻弄される人間の欲望を冷徹に描くスタイルで近代アメリカ文学に大きな影響を及ぼした。ドライサーにとって人間とは、自由意志を持つ存在ではなく、遺伝、環境、そして抗いがたい生物学的本能(化学的欲求)によって動かされる機械として描写される。反道徳的として出版社から発売を拒まれたデビュー作『シスター・キャリー(Sister Carrie), 1900』や『アメリカの悲劇(An American Tragedy), 1925』が有名。
没後に出版された、この『Notes on Life』(晩年の秘書マルグリット・チャダー (Marguerite Tjader)やドライサー研究の第一人者であるボストン大学教授のジョン・J・マカリア (John J. McAleer)による)では、ハーバート・スペンサーの哲学に心酔した晩年のドライサーの哲学的な思索が著述されている。
(1984年大阪大学 学部入試 英語・第1問(A))
●和訳1
That no promise appeals more powerfully to the heart of man is evidenced by the phenomenon that even those leaders who want to suppress freedom find it necessary to promise it.
Fromm, Erich. The Anatomy of Human Destructiveness. New York: Holt, Rinehart and Winston, 1973.
「自由を抑圧しようとする指導者でさえ、自由を約束せざるをえないという事実は、この約束ほど人間の心に力強く訴えかけるものはない、ということの証左にほかならない。」
★感想
エーリヒ・フロム(Erich Fromm, 1900–1980)は、ドイツ出身の社会心理学者、精神分析家で、マルクスの社会理論とフロイドの精神分析を融合させた「新フロイト派」の代表的存在である。自由の重荷に耐えかねた人々が、ナチズムのような全体主義に身を投じてしまう理由を分析した『自由からの逃走』や、愛を感情ではなく、習得すべき「技術」として説いた『愛するということ』を著し、「人間は近代化によって自由を手に入れたが、それゆえに孤独と不安に陥った」という洞察のもと、人間性の回復と生命を愛する傾向「バイオフィリア 」を重視した。この『人間破壊の解剖』(1973年)でフロムは、人間の攻撃性を、1.生物学的適応としての攻撃(良性攻撃)と、2.「悪性のサディズム」や「ネクロフィリア」として定義される「生存上の必要がないにもかかわらず、残虐行為や破壊そのものを楽しむ性質」である人間に特有の攻撃(悪性攻撃)の二種類に区分し、「死んでいるもの、機械的なもの、壊れたもの」に惹かれる心理的傾向である「ネクロフィリア」という概念を確立して、「なぜ人間は、自分たちの種を滅ぼしかねないほどの残虐性を発揮できるのか」という問いに答えようとした。
(1984年九州大学 学部入試 英語・第1問)