2026年01月02日
●和訳1
Humans made tools, but tools also helped make humans the adaptive and flexible creatures they have become.
「道具は人間によって作られたが、人間もまた道具の手助けによって現在のような適応力と柔軟性のある生き物になったのである。」
Kranzberg, Melvin. "Technology and Human Values." The Virginia Quarterly Review, vol. 40, no. 4, 1964, pp. 578-592. JSTOR,
https://www.jstor.org/stable/26444899?read-now=1
★(感想)
メルビン・クランツバーグは技術史を専門とするアメリカ人の歴史家。 「技術は善でも悪でもなく、また、中立でもない。(Technology is neither good nor bad: nor is it neutral.)」に始まる六つのクランツバーグの技術の法則(Kranzberg's laws of technology)を提唱したことで知られる。ここでは"humanistic", "humanist"という概念の変遷が語られ、"humanistic"が"science"や"technology"と不可分であることが語られる。この後の第3問のJohn Cheever(ジョン・チーヴァー)のThe Angel of the Bridge(橋の上の天使)の文章ががやや長いことを考えると解答に時間的余裕のない試験であっただろう。
(1980年北海道大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
All of us are, more or less, in trouble today about trying to understand cultures strange to us. We constantly meet people from other cultures and races. We hear constantly of customs unknown to us. We see changes in our lifetime which would have astonished our parents, let alone our grandparents.
「今日、私たちの誰もが未知の文化を理解しよう多かれ少なかれ困難に直面している。私たちは絶えず他の文化や自分たちとは異なる人種の人々と出会い、知らない風習について耳にする。自分たちの両親、ましてや祖父母であれば驚愕したであろう変化を、私たちは一生の間に目の当たりにしている。」
Mary Midgley, "Trying Out One's New Sword," The Listener, Vol. 98, No. 2539 (December 15, 1977), pp. 787-788.
★(感想)
イギリスの哲学者メアリー・ベアトリス・ミッドグレイ(Mary Beatrice Midgley 1919-2018)の文章。西洋哲学を専攻するためにはギリシア語・ラテン語の知識が欠かせないが、彼女は中高時代に古典学を学ぶ機会に恵まれた。1938年にOxfordのSomerville Collegeに入学するも第二次世界大戦で多くの同級生の男子学生たちが出征したため、当時としては極めてまれな高等教育に女子学生が多いという学生生活を送った。reductionism(還元主義)とscientism(科学万能主義)に反対し、ガーディアン紙(The Guardian)により「科学的慢心に対するイギリス随一の痛烈な批判者(the UK's "foremost scourge of 'scientific pretension'")」と評された。
(1980年東北大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
A child is most intelligent when the reality before him arouses in him a high degree of attention, interest, concentration, involvement ― in short, when he cares most about what he is doing.
John Holt, How Children Fail (Pitman Publishing, 1964)
https://archive.org/details/howchildrenfail0000unse/page/158/mode/2up
「子どもが最も知性を発揮するのは目の前の現実によって、自分の中で高いレベルの注意力、関心、集中や没入があらわれたとき、つまり自分がしていることに没頭しているときである。」
★(感想)
ホームスクーリング運動で知られるアメリカ人の著名な教育者であるジョン・ホルトの文章。1979年度では別の著作が東北大学で出題された。Teach Your Own、How Children Fail (1964)やHow Children Learn (1967)など教育の世界に影響を与えた。
(1980年東京大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
It did not include the arch and the dome, nor, as far as we know, the tower; but it is impossible that such thorough architects as the Greeks proved themselves to be were ignorant of these features; it was probably a pure matter of taste which prevented their adoption.
「ギリシャ建築にはアーチやドームは含まれておらず、我々の知る限り塔も存在しなかった。しかし極めて卓越した建築家であったギリシャ人が、これらの要素を知らなかったはずはない。彼らがそれらを採用しなかったのは、おそらく純粋に「好みの問題」であったのだろう。」
AIがハルシネーションを繰り返すので原文は見つからなかった。出題にあたり原文が改変されていることもその理由だろう。
★(感想)
世界史で習うとおり、ギリシャ建築はアルカイック期(紀元前7世紀頃)から古典期(紀元前480年〜前323年)を経てヘレニズム期からローマ期(紀元前323年〜)までの短い期間の間に成立し、コリントスのアポローン神殿やアテナイのパルテノン神殿に代表されるドーリア式 (Doric Order)、アテナイのアクロポリスにあるエレクトイオン神殿やアテナ・ニケ神殿、またエフェソスのアルテミス神殿に代表されるイオニア式 (Ionic Order)、アテナイのゼウス神殿やローマのパンテオンに代表されるコリント式 (Corinthian Order)の三つの主な建築様式がある。しかし、そもそも西欧では18世紀に新古典主義運動が起こるまでギリシャ建築は忘れ去られた建築であり、20世紀にはナチスのあのグロテスクな建築群のパクリに利用された。 上記の文章にあるとおり、ギリシャ建築が美的な比例と調和を重視した梁と柱の列柱様式で水平・垂直的であるのに対し、ローマ建築は実用性や利便性を優先し広大な内部空間の確保を重視したアーチ、ヴォールト(筒型天井)、ドームによる曲線的な構造という特徴がある。素材もそれらの理念のもとにギリシャ建築では耐久性より美を重視した大理石や石灰岩が用いられ、ローマ建築では火山灰を利用したコンクリートが発明されて軽量で強固な素材として使用された。
(1980年名古屋大学 学部入試 英語・第2問)
●和訳1
But thinking is primarily for the sake of action. No one can act wisely who has never felt the need to pause to think about how he is going to act and why he decides to act as he does.
「しかし思考とは本来、行動のためにある。これからどう行動しようとしているのか、そして、なぜ現にあるような振る舞いを選び取るに至るのか。そうした思索のために立ち止まる必要性を今までに一度も感じてこなかった者は、決して賢明に行動することなどできないのだ。」
Stebbing, L. Susan. Thinking to Some Purpose. Harmondsworth: Pelican Books, 1939.
https://archive.org/details/b29816981/page/n5/mode/1up
★(感想)
イギリスの分析哲学者であったスーザン・ステビングの著名な著書からの引用。アカデミズムがまだ女性に閉鎖的であった20世紀の初頭に、実力で頭角を現してイギリスで初の女性哲学教授になった。彼女を記念して設立されたL.S.ステビング記念基金により哲学を学ぶ女子大学院生に奨学金が給付され続けている。
No one から始まる文章で、動詞の時制が微妙に異なるところが和訳を難しくしている。"who has never felt(現在完了形・現在までの継続)"、"how he is going to act(近接未来・意図)"、"why he decides (現在形:決定の「瞬間」)"、"as he does (現在形:普遍的な習慣・事実)"。状況から言って、これらをきっちり訳し分けられないと、試験で下線が引かれた際は大幅な減点はさけられない。
(1980年京都大学 学部入試 英語・第1問[ただし設問の下線はここではない])
●和訳2
For man only stays human by preserving large patches of simplicity in his life, while the tendency of many modern inventions is to weaken his consciousness, dull his curiosity, and, in general, drive him nearer to the animals:
「人を人たらしめている所以は、暮らしの大部分に手つかずの素朴さが残っているからであるが、対して現代の多くの発明品は、人の意識を鈍らせ好奇心を奪い人間を動物へ堕落させてしまうきらいがある。」
Orwell, George. "Pleasure Spots." Tribune, 11 Jan. 1946, London.
https://www.orwellfoundation.com/the-orwell-foundation/orwell/essays-and-other-works/pleasure-spots/
★(感想)
単なる逐語訳の直訳では文意が飛んでしまう恐ろしい箇所。英語力をはかる試験問題には絶対に出題できない。
「人間は、生活の中に簡素さという大きな余白を保存しておくことによってのみ人間であり続けるのであり、一方で多くの現代の発明品は、人間の意識を弱め、好奇心を鈍らせ、そして、概して、人間を動物により近い状態へとドライブする。」 こんな答案が採点で一万人近く続出したら、採点している教官たちの頭の中の日本語が壊れてしまう。なお、余談だが原文全文(上のリンク先)にはロマン派のサミュエル・テイラー・コールリッジのクーブラ・カーンの詩への言及もある。
(1980年京都大学 学部入試 英語・第2問[ただし設問はここではない])
●英作
「殊勝なことをいうようだが、いまになっては気恥ずかしい。」
It feels a bit awkward to be speaking so earnestly now, but looking back, I can't help but feel embarrassed by how I was.
扇谷正造. 『人間山脈』. 東京: 朝日新聞社, 1950. ?(出典を一次資料で確認できないため)
★(感想)
直訳はおろか、和文和訳などという悪ふざけのテクニックでさえ一発で吹き飛ぶような爽快な出題。まず、何に対する「気恥ずかしさ」なのかを取り違えた時点で死亡フラグが立つ。直前の「記者になって7、8年目の、いわば生意気ざかりであったから、先さまもさぞかし驚かれたことだろう。」はヒントになるどころかますます謎を深めてしまう。①【当時生意気だった自分】に対する恥ずかしさなのか、②【当時生意気だった自分がとった、先さまへの言動】に対する恥ずかしさなのか、③【今さら当時の生意気な自分を反省している今の自分】に対する恥ずかしさなのか、④【今さら当時の生意気な自分の言動を思い出している今の自分】に対する恥ずかしさなのか、...。さらに言えば、恥ずかしさの向く対象は当時の先さまなのか、昔の自分なのか、今の自分なのか。遊園地の鏡の部屋に迷い込んで、周りの鏡に次々に角度の違う自分の姿が映しだされているのをただのぞきこんでいるしかないような怖さがある。良い解答は以下らしい。そんな文、誰が書けるか。
"It may sound pious to say this now, but in hindsight, I find my behavior back then deeply embarrassing."
(1980年京都大学 学部入試 英語・第3問)
●和訳1
When the foreign learner of English first comes to the British Isles, he is usually surprised (and dismayed) to discover how little he understands of the English he hears. For one thing, people seem to speak faster than he expected. For another, the English that most of them speak seems to be different in many ways from the English he has learned.
Arthur Hughes and Peter Trudgill, English Accents and Dialects: An Introduction to Social and Regional Varieties of English, Edward Arnold, 1979
https://archive.org/details/englishaccentsdi0000hugh_m7g4/page/n7/mode/2up?q=When+the+foreign+learner+of+English+first+comes+to+the+British+Isles (閲覧はできないが検索ページにPage1で全文がヒットする)
「英語を学ぶ外国人が初めてイギリス諸島を訪れたとき、自分が耳にする英語がいかに理解できないかに気づき、たいていは驚いたり意気消沈したりします。一つには、人々が予想よりも速く話しているように見えるからです。もう一つには、大半の人々が話す英語が、自分が学んできた英語とは多くの点で異なっているように見えるからです。」
★(感想)
著者のアーサー・ヒューズとピーター・トラッドギルはイギリスの言語学界の重鎮。アーサー・ヒューズはTesting for Language Teachersで有名な応用言語学者であり、ピーター・トラッドギルは言語学に「方言やアクセントをも含むすべてを等価な体系として記述するという記述主義」を導入した社会言語学者である。このEnglish Accents and Dialectsは、それまでの標準語(Queen's English)中心の英語学習の在り方に一石を投じて有名な本となった。
(1980年大阪大学 学部入試 英語・第2問)
●和訳1
The phrase 'A law of Nature' is probably rarer in modern scientific writing than was the case some generations ago.
This is partly due to a very natural objection to the use of the word 'law' in two different senses.
J.B.S. Haldane, A Banned Broadcast and Other Essays, Chatto and Windus, 1946.
https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.222486/page/n63/mode/2up
「自然の法(則)」という言葉は、数世代前の科学論文からすれば、現在では見かけることは少なくなっているようだ。 これは一つには「法」という言葉を二つの異なる意味で用いることへの、極めて真っ当な反発があるからだろう。
★(感想)
集団遺伝学の先駆者で「クローン」という言葉を初めて使ったことでも知られるイギリス人の生物学者、J・B・S・ホールデン(ジョン・バードン・サンダースン・ホールデン)の文章。彼はトランスヒューマニストの先駆者として、Daedalus or Science and the Future, 1923において高度な科学技術を人間に応用することで、人間が最終的には現在の生物学的な限界状態からさらなる拡張された能力を持った人類とは異なる存在であるポストヒューマンへと移行するという「超人間主義[トランスヒューマニズム]」(>H、H+)を唱え、学界のみならず世間にも大きな影響を及ぼした。上の文章に続いて、
If a piece of matter does not obey a law of Nature it is not punished. On the contrary, we say that the law has been incorrectly stated.
「もしある物質が自然法則に従わないとしても、その物質が罰せられることはない。それどころか、我々は法の記述が間違っていたと言うのである。」
という有名な文言が続く。
(1980年九州大学 学部入試 英語・第1問)