2026年01月01日
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
●和訳1
We could see and hear communication going on in the songs of birds, in the silent communication of horses, in the play of dogs and cats, but we stood outside.
Hahn, Emily. "Getting Through." In Look Who's Talking!, 9. New York: Thomas Y. Crowell Co., 1978.)
https://archive.org/details/isbn_0690015100/page/8/mode/2up
「鳥の歌声、馬たちの無言の交流、じゃれあう犬たちや猫たちの中にコミュニケーションが行われているのを、我々は見たり聞いたりすることはできても、それらの意味を理解できずに、ただ立ち尽くすだけであった。」
★(感想)
エミリー・ハーンは主に『ニューヨーカー』誌を中心に20世紀に活躍したジャーナリスト、作家のアメリカ人。1920年代にウィスコンシン大学工学部鉱山工学課程を卒業すると、アジア(上海や香港)、アフリカ(コンゴ)等で過ごし、あのSoong sisters(宋家の三姉妹)とも親交があった。1978年に出版されたこのLook Who's TalkingはHuman–animal communicationの分野のものとして広く読まれた。
(1979年北海道大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
The greedy man is a man who is trying to fill up a hole inside himself, to make up with wealth, position, esteem, and power for his lost or never developed sense of his own worth.
(Holt, John Caldwell. The Underachieving School. New York, Pitman Pub. Corp 1969)
https://archive.org/details/underachievingsc0000holt_g0j5/page/128/mode/2up?q=greedy
「貪欲な人間とは、自分の中の穴を埋めようとする人間である。彼は、失われた、あるいは最初から育たなかった自分自身の価値を、富や地位、称賛や権力によって埋め合わせようとする。」
★(感想)
ホームスクーリング運動で知られるアメリカ人の著名な教育者であるジョン・ホルトの文章。Teach Your Ownなどの著述のほか、How Children Fail (1964)やHow Children Learn (1967)など教育の世界に影響を与えた。
(1979年東北大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
No one can write a man's life but himself. The character of his inner being, his real life, is known only to himself, but in writing it he disguises it. Under the name of his life he makes an apology. He shows himself as he wishes to be seen, but not at all as he is.
「一人の人間の生涯を書くことができるのは、本人しかいない。その人の内面から出てくる性格、つまり真の人生は、本人しか知らないからだ。しかし、それを書く段階になると、人は自分を偽ってしまう。自分の人生という名のもとに、人は自己弁護に走ってしまう。他人によって見られたいと願う自分の姿を自らは見せても、決してありのままの自分の姿を見せはしない。」
1767年、ジャン=ジャック・ルソーが友人デュ・ペルーに託した『告白』の初期稿の序文(スイスのヌーシャテル図書館に所蔵されているヌーシャテル写本)の第六段落の前半の英訳部分。
https://www.autopacte.org/Rousseau-pr%E9ambule-Neuch%E2tel.html#preambuleneuchatel
▲原文 Nul ne peut écrire la vie d'un homme que lui-même. Sa manière d'être intérieure, sa véritable vie n'est connue que de lui ; mais en l'écrivant il la déguise ; sous le nom de sa vie, il fait son apologie ; il se montre comme il veut être vu, mais point du tout comme il est. Les plus sincères sont vrais tout au plus dans ce qu'ils disent, mais ils mentent par leurs réticences, et ce qu'ils taisent change tellement ce qu'ils feignent d'avouer, qu'en ne disant qu'une partie de la vérité ils ne disent rien.
★(感想)
この英文を書いたフランス語から英語への訳者は見つけられなかった。ルソーを研究している研究者なら即答だろうが。ちなみにこの後、出版された「告白」の序文では、このヌーシャテル写本の序文は採用されず、別の有名な序文「私は、いまだかつて例のない、また今後もおそらく模倣者のあらわれないような企てを抱いている……」が載ることになる。
(1979年東京大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
The detailed study of natural fact is commonly called natural science, or for short simply science; the reflection on principles, whether those of natural science or of any other department of thought or action, is commonly called philosophy.
(Collingwood, R. G. The Idea of Nature. Edited by T. M. Knox, Clarendon Press, 1945.)
https://archive.org/details/ideaofnaturebyrg0000rgco/page/2/mode/2up
「自然界の事実についての詳細な研究は一般に自然科学、あるいは単に科学と呼ばれます。それに対し、自然科学の原理であれ、あるいは他のいかなる思考や行動の分野の原理であれ、原理そのものについて省察することは一般に哲学と呼ばれます。」
★(感想)
美学の諸問題を論じた『芸術原理』(1938年)で知られるイギリスの哲学者、考古学者、歴史家であるロビン・ジョージ・コリングウッド(Robin George Collingwood 、1889年2月22日 – 1943年1月9日)の死後に編集、出版された『歴史の理念』(1946年)の序章の文である。コリングウッドは、学者である一方でThe First Mate's Log of a Voyage to Greece (1940)で書かれているように地中海をヨットで航海するほどの航海術の腕前を持ち、後に(日本では児童文学者の神宮輝夫氏の優れた翻訳もあって高い評価を受けている「ツバメ号とアマゾン号」シリーズを著した)児童文学作家のアーサー・ランサムとも家族ぐるみでの親交もあった。
(1979年名古屋大学 学部入試 英語・第2問)
●和訳1
Man is a history-making creature who can neither repeat his past nor leave it behind; at every moment he adds to and thereby modifies everything that had previously happened to him.
「歴史を作る生き物である人間は、自らの過去を繰り返すことも、また後ろに置き去りにすることもできない。あらゆる瞬間において(新しい過去を)つけくわえることによって、それ以前に自分に起きた全ての事柄の意味を書き換えるのである。」
★(感想)
20世紀のアメリカの著名な詩人ウィスタン・ヒュー・オーデンの「詩人と都市」1962年 ランダムハウス社(ニューヨーク)の冒頭部分。オーデンは近代都市において、共通の教養や価値観を持つ「公衆」が消えて、科学と効率を優先する「匿名で顔のない大衆」へと変質したことを鋭く指摘し、大衆を動員する扇動的なスローガンが溢れる中で詩人の役割を「何事も起こしはしない詩(Poetry makes nothing happen: 近代都市的には最も無価値でありながら、「個」としての人間にとって最も価値のあるもの)を、詩人が職人として言葉を健全に保ちつつ「大衆の一員」ではない「独立した一個人」としての読者に届けることであると喝破していた。ここでオーデンは詩が直線的史観上に位置する過去と現在にかかわる蝶番的なもの、つまり科学と効率の近代都市において、限られた直線的な時間しか生きられない有限の人間にとって、詩は致命的に重要な必需品である、と誘導するための伏線としてこの文章を冒頭に配置したに違いない。
(1979年京都大学 学部入試 英語・第1問[ただし設問の下線はここではない])
●和訳2
Nothing is valuable in itself. Not even truth; not even this truth.
「何ものも、それ自体は無価値である。真理ですら、そして真理がそれ自体無価値であるという、この真理ですら。」
★(感想)
2024年に93歳で亡くなったアメリカを代表するポストモダン文学作家のジョン・バースのThe End of the Road, 1958, Doubleday [邦訳:『旅路の果て』志村正雄訳 白水社 1972]のChapter 11で主人公ジェイコブ・ホーナーがつぶやくモノローグの部分。ジョン・バースの代表作The Sot-Weed Factor(1960)を自分はまだ読んでいない。翻訳も集英社とかから出ているらしいのだが。
(1979年京都大学 学部入試 英語・第2問[ただしこの部分の設問は和訳ではない])
●英作1
「ひとはあまり自分の芝居に熱中しすぎると、他人の芝居に気づかなくなるものだ。」
When people are too absorbed in playing their own part, they fail to notice the acting of others.
★(感想)
ゴーギャンの生涯を描いた『月と六ペンス』で有名なイギリスの作家でMI6の諜報員だったウィリアム・サマセット・モームの『サミング・アップ(要約すると)』、1938年、第36章(「俳優と演技について」)の以下の一文を和訳した日本語。
"When people are much souped up in their own acting they become oblivious to the acting of others."
サマセット・モームは作家や007というより、The Land of the Blessed Virgin(アンダルシア:聖母の国, 1905)、The Gentleman in the Parlour(客室の紳士, 1930)などで紀行文の旅行作家という印象が強い。モームの作品で始めて原文で全部読んだものは受験生のころで超短編の「Home(故郷)」Cosmopolitans,1936だった。
(1979年京都大学 学部入試 英語・第3問1)
●英作2
「役者は自分だけが役者だと思っていて、一般のひとびとが彼らよりはるかに意識的な役者であることに気づかない。」
Actors never doubt that they are the only actors, failing to realize that ordinary people are often far more conscious actors than they are.
★(感想)
これも上のモームの続きであり、
"Actors believe that they are the only actors and do not realize that the general public are much more conscious actors than they are."
を和訳した日本語。
「A thief never imagines that his own house might be robbed by another thief.(泥棒は自分の家が他の泥棒に入られるとは思いもしない。)」などを思い出して利用する。モームはこのあと実際に俳優のエゴイズムを泥棒の心理に例えて、"The thief does not expect to be robbed." (泥棒は、自分が盗まれる側になるとは思っていない。)とくる。
(1979年京都大学 学部入試 英語・第3問2)
●国語1 谷崎潤一郎「文章読本」
(1979年京都大学 学部入試 国語・第1問)
●国語2 福沢諭吉 「福翁百話 52 独立は吾に在て存す」ほぼ全文。(国立国会図書館デジタルへリンクhttps://dl.ndl.go.jp/pid/781922/1/100)
問2 この文の論旨を箇条書にして要約せよ。
解答を作ってみた。京大や阪大は国語が日本一難しいから、どこまで得点できているかは正直わからない。
1. 独立とは自らの生活上の経済的な自立のみならず、自らの信念に基づき発言行動して他に迎合しない精神的な自立をも含んでいる。
2. 独立とは自らの内面的な自律のことであり他人を拒む不寛容とは異なるので、他人との円滑な交際と矛盾しない。
3. 独立の精神は武士が帯刀している時の心持ちと同じであり、武士が他から危害を加えられない限りは刀を抜かずに武士道を守って日々を大過なく過ごしたのに習い、自らの矜持として心に持つべきものである。
もっと答案を短くすべきだとは思うがそうなると言葉の取捨選択や言い換えが難しい。3. では武士道と自律をまく組み合わせられなかった。
(1979年京都大学 学部入試 国語・第2問)
●和訳1
To be efficient, to be happy, to have full control of your powers, and to go ahead successfully, you must learn how to forget.
Norman Vincent Peale, A Guide to Confident Living (Prentice-Hall, 1948).
Internetでは以下のBob Beaudine氏の投稿が検索でヒットする。
「能率的に、幸福に、能力を全て制御できて、成功へ突き進むためには、いかにして物事を忘れるかという方法を、学ばなければなりません。」
★(感想)
ノーマン・ヴィンセント・ピール(Norman Vincent Peale、1898年5月31日 – 1993年12月24日)はアメリカ・オランダ改革派教会(現Reformed Church in America)の牧師、作家のアメリカ人。1950~60年代に流行ったpositive thinking(積極思考)の一翼を担うも、その楽観主義バイアスやキリスト教の異端的潮流により、精神医学界やキリスト教神学者、牧師からは批判された。1984年にロナルド・レーガン大統領により神学分野への貢献により大統領自由勲章を授与される。
(1979年大阪大学 学部入試 英語・第1問)
●和訳1
For the scientific school-books I felt a positive hatred. Their confident explanations — carefully shaped and trimmed with a view to being learnt by heart, and, as I soon observed, already somewhat out of date — satisfied me in no respect.
Schweitzer, Albert. Memoirs of Childhood and Youth. Translated by C.T. Campion, London, George Allen & Unwin Ltd, 1924.
https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.75319/page/n63/mode/2up
ドイツ語原書と原文は以下。Schweitzer, Albert. Aus meiner Kindheit und Jugendzeit. München, C.H. Beck'sche Verlagsbuchhandlung, 1924.
"Gegen die naturwissenschaftlichen Schulbücher empfand ich einen regelrechten Haß. Ihre sicheren Erklärungen, die — um auswendig gelernt zu werden — fein säuberlich zurechtgestutzt und, wie ich bald merkte, zum Teil schon veraltet waren, befriedigten mich in keiner Weise."
「科学の教科書に対して、私は明確な嫌悪感さえ抱いていた。暗記させるために注意深く形を整えられ、切り揃えられた自信たっぷりの解説は ― しかもすぐに気づいたことだが、それらはすでに時代遅れのものであった ― 、どの点においても満足できるものではなかった。」
★(感想)
「生命への畏敬(Reverence for Life)」の概念で公共・倫理の教科書にも紹介されている、アルベルト・シュヴァイツァーの回想記。McKnight, Gerald. Verdict on Schweitzer. London, Frederick Muller Ltd, 1964.などにより、このノーベル賞受賞者の本性が倫理の教科書に載るようなものではないことは、昔から余すところなく暴露されている。なおこの男の私立病院の横にはガボン政府による立派なガボン国立ランバレネ病院が建っていたが、この男の死後、その私立病院はマラリア研究を含む専門研究医療機関や旧病院の博物館となり、隣接の国立病院は一般の保健サービスを担う病院というふうにすみわけることになった。日本では大規模テロ事件を起こしたカルト宗教の中野にあった病院がこの男の病院をマネて廊下をアリの行列が歩いていたことなど、事件の当時に広く知れわたった。
(1979年九州大学 学部入試 英語・第2問)